前記事で書いた通り、急性大動脈解離が再発しまして
こんどは「集中治療室(ICU)」に収容されました。
初めての経験です・・・というより、何度も入りたくないですよね。
今回はその集中治療室がどんな感じだったのかということと、
普通の病室へ移れるまでの流れみたいのを書きたいと思います。
初日(日曜日)自分では何も・・・
まず、集中治療室に入ってしばらくは
周りがどうなっているのか、自分がどういう状態なのか
全然わからない状態でした・・・
造影CTの直後に写真(血管の状態)を見せられただけで
詳しい説明は呼び出された家族だけが聞かされていましたし
私はベッドに寝たまま上体を起こせないので
目と首を動かして見える範囲しかわからない状態でした。
あとで家族に聞いた話では、
「今度はかなり危ない状態で手術が必要かもしれない・・・」
というような、そんな説明だったらしいです。
そんな感じで初日は・・・
とりあえず苦しいのを耐えるしかありませんでした。
食事も無しで、
のどが渇いて耐えられなくなったらナースコール・・・
それだけで精一杯です。
(上体が起こせないので、自分で飲み物すら取れません)
正直言うと「このまま死ぬのか」と思いました。
2日目(月曜日)主治医の先生との再会?~
ようやく食事ができました。
ただ、ベッドの上半身部分を15度ぐらい?上げてもらえるだけなので
食べること自体が大変でした。
寝たまま、食器を真横から見ている状態で食事をする
そんな感じです。
1日経ってようやく看護師さんが栄養剤か何かの点滴をつけてくれました。
月曜日になったので、主治医の先生がまわってこられて
先生:「え?あれ?えっ?〇〇さん?」
私 :「ハハ・・もう戻ってきました・・」
こんな会話の後、先生は端末で私の状態を見ていたようでした。
どうやら今回もとりあえず保存治療の方針になったようです。
退院直後ということもあり、血圧を下げる薬の点滴は無しでしたが
今回は寝たまま動いてはダメ(寝返りは可)という状態でした。
起き上がってはいけないという辛さ
トイレに行けないんですよね・・・起きれないので。
オシッコは前回書いたチューブから袋に随時勝手に流れ込む感じになっており
「尿意」というものを全く感じませんでした。
ただ・・・大のほう、う〇ちですが・・・
オムツを付けられているということは、そのまま出せということですよね。
でもね・・・出ないです。ムリ・・・
だんだんおなかにたまっているのは感じるのですが、
結局出せませんでしたね・・・どうしても。
(結局、入院3日目にトイレへ行く許可がでるまで出せませんでした)
集中治療室で見たもの
徐々に体調が回復してくると
(少しずつベッドの角度が上げてもらえるようになってきまして)
ちょっと周りが見えるようになってきました。
集中治療室というのは想像していたよりはるかに過酷な場所でした。
看護師の皆さん、本当に激務ですね・・・
夜中に何度も、カーテンの向こうで慌ただしく何かが行なわれています。
(ベッド毎にカーテンで仕切られているので見えません)
数人の足音が聞こえ、一部だけ明かりがつき、何か処置をしている音が聞こえ、
明かりが消えて足音が去っていくと、しばらく静かになる・・・
そんなことの繰り返しです。
夜に何度もナースコールする患者さんや、
わけのわからないことを呟く患者さんもいらっしゃいます。
私はただ眠れないだけでしたけどね。
毎晩、そんな感じです。
看護師さん達には、頭が下がる思いでした。
一番辛かったものがようやく
そして、ようやく3日目に起き上がる許可が出て
尿道からチューブが外され(外す時も痛い・・・)オムツもとられて
やっと自分のパンツが戻ってきました・・・
数日ぶりに起き上がるというのは、
なんというか、不思議な感覚でした。
車椅子で看護師さん付き添いという条件でトイレにも行くことができて
ようやくほっとできたという感じです。
大動脈解離という病気の辛さはもちろんありますが、
何もかも制限されるというのは本当に辛い体験でした。
そして、入院5日目に
ベッドに寝かされたまま一般の病室に運ばれることになりました。
・・・次回に続きます。
コメント